英作への道 〜リズムに出会う〜

「彼はカフェでコーヒーを飲んでいます」という文があるとします。この日本語を読めば、まず普通にその意味を受け取れます。また文の形式に不自然なところはありません。英文ではどうでしょうか。生徒自身が、He is drinking coffee at the cafe.はまちがいなく「正しい」という感覚や判断を持つのはどういうときでしょう。

「カフェでコーヒーを彼は飲んでいます」「彼はコーヒーをカフェで飲んでいます」「コーヒーを彼はカフェで飲んでいます」。語句の順序が入れ替わっているだけで、多少のニュアンスの違いはあるとしても、いずれも文としての意味は同じです。このように日本語では「述語」の部分が不動で、確固とした位置を守っていますが、主語を含む他の部分は比較的自由に入れ替えることができます。英語と異なり、日本語は「述語中心の言語である」と言われる所以です。述語以外の言葉がどこにあっても、それぞれに最後の述語にかかってきます。一番落ち着くかかり方は人によって、時によって異なるでしょう。そうすると、同じ意味でも正しい文はいく通りもあることになります。

英文はこうはいきません。このように表現の規則がゆるやかな日本語を母語として使っている者にとっては、ある英文が「正しい」と感じるためには、何と言っても語順が正しいという判断が必要ですが、それを音読(黙読)した時の、文のリズムやイントネーションに不自然さがないという感覚が持てることも不可欠だといえるでしょう。「強勢リズム」の言語と言われる英語の場合、ストレスのある音節から次のストレスまでが、時間的に等間隔になるように調節されますから、おのずから文ごとのイントネーションの個性が生まれてきます。この英語独特の音声の流れを心の底に感じながら、英文に向き合えた時、正しい文という感覚が得られるのではないでしょうか。

英語と日本語とは「語順が異なる」ということが意味するのは、文の要素の配列が違うということだけではありません。He is drinking・・・S→Vと言い切るのと、いくつもの語句が「飲んでいます」にかかってくるのとでは、発話時の感覚は大きく異なります。スタティックに見た時は要素の順序の違いしか見えませんが、文を語句の流れとして見ると、読むという行為はとても重要になってきます。つまり語順と音声とは切っても切れないつながりがあると言っていいでしょう。問題をいくら解いても伸びない生徒の場合、この音声で納得するという感覚が育っていないことが一つの原因だと考えられます。一方、文の要素等に関しての知識は、本人の成長を待たなければならないでしょう。文を構成する要素への視線は、何よりも自分を見つめる力、ものごとの関係を把握する力、言葉をどのように捉えるかといったことと深く関係しながら育ってくるものだと考えられるからです。問題をたくさんこなすということは、その知識と感覚を合体させる行為とも言えるでしょう。

スピークアウトして、英作の文が正解になった時が終わりではなく、そこからもう一歩踏み込めればいいのだと思います。口に馴染むまでなんども読む。知識の理解が覚束ない生徒ほど、音読からの理解は不可欠です。いわゆる例文集、構文集を覚えることの意義はここにあります。リズムをつかむことなしに覚えることはできないのです。

 

各教室でモデルレッスンを行っています。お気軽にお問い合わせください。

コメントは受け付けていません。