近い言葉、遠い言葉

ある作品(著作物)が、物語や自分にとって身近な話題の場合、子どもは自分の言葉の世界からあまり遠くへ行かなくても、内容を理解することができるでしょう。読者というものは作品(著作物)を、自分の言葉の世界に引き寄せて内容を理解しようとします。そして腑に落ちないところに出会った時には、知識を援用したり想像力の助けを借りたりして、なんとか内容の辻褄を合わせるわけです。もちろんそれでもわからない箇所があれば、それを横に置いたまま、だいたいわかったところで手を打ちます。時にはわかっていないことがわかっていない、ということも生じているでしょう。

また、慣用句の使用は、自分の経験の深さがものを言う世界です。ある場面、ある状況を言い表すのに、言葉をストレートに使うのではなく、いわば比喩的な表現を選ぶためには、経験がものを言うでしょうし、ある表現を「まさに言い得て妙」と感じる瞬間が必要です。「板挟み」という言葉は、そのことを経験しない限りわからないでしょう。経験したことがあったとしても、その経験を客観的に見るということが求められます。無我夢中の子ども時代から、一歩大人の世界に入り少し遠くを見渡せるようになる時、今まで遠く感じていた言葉が自然に近寄ってきます。自分にとって遠い言葉を身近に引き寄せるためには、多読が必要なのは言うまでもありません。実際の経験には限度がありますが、作品(著作物)の世界は数限りなくありますから。

オリジナルテキスト『コア式語順訳2』に収録の作品、「Just How Great are Computers」も「Sandwich」も自分の言葉の世界を拡張する良い機会かもしれません。前者は論説ですから、自分の経験と照らし合わせながら、その論旨を追いかけていけるかどうか。後者は英語の比喩表現に関連して、日本語の比喩表現にも少し踏み込んでみたい作品となっています。

 

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